|太平洋線が直行便となるまで|昔のヨーロッパ線|超音速旅客機コンコルド その昔のヨーロッパ線まず前提条件を整理します。ソ連(当時)は、ペレストロイカ以前は他国の航空会社がシベリア上空を通過することを認めていませんでした。そのため、モスクワ経由の当時最も早い便ははアエロフロート・ソ連国際航空のみが運航できました。ちなみに機種はナローボディー機の「イリューシンIL-62M」で、また機内食もいいとは言えず、速さを取るか、サービスを取るか(後述の南回り)となるの選択を迫られたのでした。 シベリア上空通過へ移行した後の変化その後シベリア上空が開放されると、こぞって直行便へと路線が移っていきました。ただこれにはデメリットもあり、北欧などの日本に近い国以外への便は航続距離の関係からB747型機を使わざるを得ないというデメリットがあったのです。地球儀を用意してみれば分かることですが、日本発の便では「ヘルシンキ(フィンランド)−コペンハーゲン(デンマーク)−アムステルダム(オランダ)−パリ(フランス)」というようなルートで飛行していきます。北廻り線ではアンカレッジ(わずかではあるがホノルルよりも近い)を経由するため航続距離9000kmクラスのDC10-30などがあれば運航できました。しかし直行では最も近いヘルシンキでもDC10-30ER(航続距離1万km)が必要ですし、B767-300ER(10,800km程度)ではコペンハーゲン程度(スカンジナビア航空が実績有り。但し、エアカナダが東京−トロント線を同型機で運航していた事もあり、もしかしたらもっと先までいけるかもしれません)で、乗客数が少なくてもB747型機を用意せざる得ないのでした。そこでコンビ機(Eコンパートメントが貨物室になっていて、その分乗客数が少ない)にしたりと苦肉の策を講じたのでした。 今後のヨーロッパ線B777-200ERやA330-200などの中型機でも運航できるようになったため、今後はさらに就航路線がバラエティーになっていくでしょう。さらに15,000km以上の航続距離を誇る中型機、「B787」・「A350」の登場でこの流れは加速されていくものと期待しています。 |